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■化学者とクロスステッチ■

ブティは、編み物やクロスステッチと違い数えなくてもよいので、人と話ながら、テレビを見ながら、本を読みながらでもできるところが良いのです。確かに制作に時間はかかりますが、確実です。

クロスステッチは、刺し間違えるたびに、解くのが面倒で放置するので、やりかけがどんどん溜まっていきます。

それに私には

「一体わたくしは余裕こいて手芸なんかしている場合であろうか? 
私はまず家計のため、娘を養うために働かなくてはいけないのではなかろうか」

という罪悪感が常にあり、

クロスステッチのように「やっているときはそれしかできない」ものは、罪悪感倍増です。
ですから、余計、クロスステッチは途中で投げ出しやすいのです。

P3110440.jpg


先日、仕事で都会に出ました。都会には、クロスステッチの専門店なるものがありました。

前に書いたように、うちの近所にも手芸店は沢山あり、パン屋より数が多いくらいなのです。

が、実際には、近所のおばあさん友だち同士の茶飲み場として機能しており、
品数は少ないわ無茶苦茶高いわ、いつも常連のおばあさんが溜まっていて入りにくいわで、
向こうも売る気ゼロだし、こちらも入る気がしないのです。

また、そういう店に置いてあるクロスステッチのパターンは、

 毛の長い狆のような犬が極彩色のパンジーの中に座り、
 舌を垂らして尻尾を振っている様子を写実的かつ壮絶に表したようなもの

ばかりで、私にそれを刺す勇気があるとはとても思えません。

たとえ私が刺すことができたとしても、こんなものをつくったら、私が死んだ後に、娘が処分に困ってしまうでしょう。

話を都会のクロスステッチ専門店にもどしますと、

その店においてあるパターンは、リネンの一色刺しの渋いものが多く、私には大変趣味の良いセレクションと思われました。

時は昼下がり、客は私以外いなかったので、店主の小柄なおばあさんとなんとなく話がはじまりました。

話は、手芸からいろいろに飛びました。

そこでわかったことですが、なんと、おばあさんは、もともとCNRS(国立科学研究センター)の化学者だったのです。

手芸、しかもクロスステッチというと、この国ではわりと田舎の主婦といったイメージが強く、そのため私も、知人友人たちに隠れてこそこそとクロスステッチをしていたのですが、どうです、ここに、その既成イメージに対して反証となる見事な例があったではないですか。

少し嬉しくなりました。そもそもクロスステッチは、注意力がなければできない作業です(あ、だから私はクロスステッチが苦手なのか…)。
元化学者がクロスステッチをするのには何もおかしいことはないのです。

でも、私は「クロスステッチをしさえすればCNRSの化学者になれるのであったら、もっと素晴らしいことであろうに」と密かに思いました。

こうした発想の飛躍がおこるのはやはり更年期障害なのでしょうか。私はまだ40には達しておりませんが、どうせ気がついたらあっという間に40になっているのでしょうし、どうも家系的にも更年期障害は早いのではないかという気がします。

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