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■クロシェレースのドイリー ■

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クロシェレースで「畜生!畜生!畜生!死ね!死ね!死んでやる!」と怒りとストレスを編み込んだドイリー

写真はクリックで拡大できます。


半年以上にも渡り、購入を迷いながら買い物籠に入れたり出したりしていた山野一『四丁目の夕日』をついに注文してしまいました。検索で感想を読みまくったのでストーリーは既に全部わかっています。
これは「貧乏人のささやかな幸せ」を非常に冷酷に描いた漫画です。

赤貧洗うがごとしの私が読んだら、相当落ち込むことは間違いありません。
また、子どもの情操教育にも本当に悪そうです。(7~8歳になれば、どこに隠しておいたって必ずや子どもは見つけ出して読んでしまうでしょう。)

こういう漫画を家におかなくてすむように本来はネット購読したかったのですが、いつまでたっても電子化されないようですので我慢仕切れずに買ってしまいました。

早く届いてほしくないので船便で頼みました。クラブジャパン(www.clubjapan.jp)は船便も選べるので便利です。
『ちびくろさんぼ 3』も同時購入したのですが、よく考えてみると、ちびくろさんぼのほうははやく届いたほうが嬉しいので別途SAL便で頼めばよかった。

私は、白昼夢の中においては有閑マダムであり高等遊民なのですが、実は、その日その日口に糊し、娘に玩具だの服だの本だの買ってやり、自分と娘の健康保険を払うために、労働しています。その関係で下勉強の必要にせまられ、ディドロのJacques le fatalisteを文庫で買いました。

これも私は美しい布装丁版(しかも表紙の絵はプリントではなくゴブラン織りだったと思う)を持っていたのですが、これも処分されてしまった書籍の中に入っています。思いだしてまた悲しくなりました。

開いてみたら、思っていた以上にフランス語が難しくびびっています。
本来、邦訳も買うべきなのでしょうが、これが高い。私には無理そうです。それにそんなお金があったら、たまには馬鈴薯と人参以外のものを子どもに食べさせるべきではないでしょうか。ということでまた激しく迷っています。




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■市販の帽子にブティ■

帽子ブティ スーパーで買った子どもの白い帽子に、花のブティをほどこしてみました。(写真はクリックで拡大できます)子に「ハートとリボンも」と注文されたので(ああ、女の子だ♡)、ハートを加えました。
ついでに私の好みで蛙さんも加えました。蛙さんの出来に満足したのと面倒くさくなったため、やめました。
そうしたら、娘は怒ってこの帽子をかぶりません。「リボンをつけるまではかぶらない」と言われました。(嗚呼♡)

こうしたぷりぷりでぶりぶりな女の子らしさが小さな子に自然に備わっていることに私は心底感心します。これをぶち壊さないように大事にしたいと思うのです。

…こういうことを根暗にいちいち考えているから私は女として失格なのかもしれません。
が、私の場合はもう今更修正不可能です。ですから、せめて娘にはまともに育ち、女特権を十全に享受して生きてほしいのです。


大駱駝艦の名プロデューサー新船さんがなんとも親切なことに日本の食料山ほど、娘への日本の玩具とともに、大駱駝艦の凝った印刷物を沢山送ってくださいました。また宝物が増えました。写真集には、文化人のサインが大好物の私のためにしっかり麿赤兒氏のサインが。
新船さんは激忙しいのに、一介の無名の主婦にも、細かい心遣いをしてくださるかたです。

■感情の昂ぶりで気絶できたり病気になれたりする少女■

帽子を編みました。ブリブリで恥ずかしくてかぶれません。
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最近、都会に出たときにサラ・ベルナールの自伝を買いました。
(私の住む地方都市には徒歩範囲には書店はないので、都会に出る時は、手にとって本を選べる貴重な機会でもあるのです。)

サラ・ベルナールは、19世紀末~20世紀初頭のパリで活躍した大女優です。
女優としてばかりでなく、その激しい個性でも有名で、大衆新聞のゴシップ記事を賑わせていました。

これを読むと、私の思い込みに反し、サラ・ベルナールは経済的な意味ではかなりのお嬢様でした。(私は、お針子かなにかの出身だった踊り子Jane Avrilと混同していたようです) 

少女サラ・ベルナールはすぐに癇癪をおこして気絶したり、高熱を出して生死を彷徨ったり、癇癪をおこしたあげくの衝動的な行動で怪我をしたりします。

こう書くと「ただの我が儘お嬢様ではないか?」と思うでしょう。あるいは、もしかしたら演技性人格障害なのかもしれませんが、それにしてもこれはサラ・ベルナールのママンも悪いのです。

一緒にいるときはベタベタに過保護なくせに、そのわりにはサラが泣けど叫べど、すぐにサラ・ベルナールを乳母や寄宿学校に預けて男とどっかに旅行に行ってしまい、一端、旅行にいってしまうと「すぐ帰るわ」という手紙とお金をよこすばかりで、ちっとも帰ってきません。乳母のほうからはサラのママンに連絡がとれないので、乳母は結婚すると夫と住むために、サラをつれて勝手に夫の家に引っ越してしまったほどです。
ママンを少しでも引き留めるには、本当に病気になるか、本当に怪我するしかなかったのです。
ナダール撮影 サラ・ベルナール
でもでも、不謹慎ではありますが、「感情の高ぶりでばったり気絶できたり、病の床についたりできたら、どんなに素敵で文学的であろうか。ダレソレは改悛の涙を流すだろうか?」と、悲劇のヒロイン、薄幸の美少女になってみた自分を想像してみることがよくあります。

私も三十年以上生きてきた人間ですから、倒れたことぐらいは貧血や過呼吸などで何回かあります。
しかし、どういうわけか、服装、同伴者、場所、タイミングなどあらゆる点で倒れたくないし、倒れるつもりもないし、倒れても悲劇のヒロインみたいにかっこよくない時ばかりです。過呼吸で舌が痺れてしまって口もきけず、泡混じりの涎ダラダラ流したり。
当然ながら、女優の素質もなく、小学校のクラスの芝居(全員参加)ですら既に苦労しました。

またも、
「子どもも、サラ・ベルナールのように過保護と放置で育てたら、歴史に名を残す大女優になるのか?」
…などと、くだらぬ発想の飛躍をしました。

しかし山岸凉子の『汐の声』(あー怖かった)を読んだばかりですので、「いやいや。娘がそんな思いをしなくてはならないなら大女優にならなくてもいい。」と思い直しました。

その話を、正気の友人にしたところ、「そうそう。そういう思いをさせて育てたからって別に必ず大女優になるとは限らないしね」と至極もっともなことを言いました。

なるほどそうだ。

■化学者とクロスステッチ■

ブティは、編み物やクロスステッチと違い数えなくてもよいので、人と話ながら、テレビを見ながら、本を読みながらでもできるところが良いのです。確かに制作に時間はかかりますが、確実です。

クロスステッチは、刺し間違えるたびに、解くのが面倒で放置するので、やりかけがどんどん溜まっていきます。

それに私には

「一体わたくしは余裕こいて手芸なんかしている場合であろうか? 
私はまず家計のため、娘を養うために働かなくてはいけないのではなかろうか」

という罪悪感が常にあり、

クロスステッチのように「やっているときはそれしかできない」ものは、罪悪感倍増です。
ですから、余計、クロスステッチは途中で投げ出しやすいのです。

P3110440.jpg


先日、仕事で都会に出ました。都会には、クロスステッチの専門店なるものがありました。

前に書いたように、うちの近所にも手芸店は沢山あり、パン屋より数が多いくらいなのです。

が、実際には、近所のおばあさん友だち同士の茶飲み場として機能しており、
品数は少ないわ無茶苦茶高いわ、いつも常連のおばあさんが溜まっていて入りにくいわで、
向こうも売る気ゼロだし、こちらも入る気がしないのです。

また、そういう店に置いてあるクロスステッチのパターンは、

 毛の長い狆のような犬が極彩色のパンジーの中に座り、
 舌を垂らして尻尾を振っている様子を写実的かつ壮絶に表したようなもの

ばかりで、私にそれを刺す勇気があるとはとても思えません。

たとえ私が刺すことができたとしても、こんなものをつくったら、私が死んだ後に、娘が処分に困ってしまうでしょう。

話を都会のクロスステッチ専門店にもどしますと、

その店においてあるパターンは、リネンの一色刺しの渋いものが多く、私には大変趣味の良いセレクションと思われました。

時は昼下がり、客は私以外いなかったので、店主の小柄なおばあさんとなんとなく話がはじまりました。

話は、手芸からいろいろに飛びました。

そこでわかったことですが、なんと、おばあさんは、もともとCNRS(国立科学研究センター)の化学者だったのです。

手芸、しかもクロスステッチというと、この国ではわりと田舎の主婦といったイメージが強く、そのため私も、知人友人たちに隠れてこそこそとクロスステッチをしていたのですが、どうです、ここに、その既成イメージに対して反証となる見事な例があったではないですか。

少し嬉しくなりました。そもそもクロスステッチは、注意力がなければできない作業です(あ、だから私はクロスステッチが苦手なのか…)。
元化学者がクロスステッチをするのには何もおかしいことはないのです。

でも、私は「クロスステッチをしさえすればCNRSの化学者になれるのであったら、もっと素晴らしいことであろうに」と密かに思いました。

こうした発想の飛躍がおこるのはやはり更年期障害なのでしょうか。私はまだ40には達しておりませんが、どうせ気がついたらあっという間に40になっているのでしょうし、どうも家系的にも更年期障害は早いのではないかという気がします。

プロフィール

後ろ向きな人

Author:後ろ向きな人
手芸と育児のほっこり主婦日記。
couture, crochet, point de croix, manga insolite
sewing, crochet, cross stitch, weird manga,rock
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