■或るライブの光景■
ここは最果ての地、アフリカはマルセイユでのお話。
40歳のいたいけな日本人の少女が、ひょんなことからここの地元のロックバンドでキーボードを演奏することになってはや1年。
昨夜もライブであった。今回は個人宅のパーティーでの雇われバンド。
ご主人はアンティーユの黒人、奥さんはコルシカ人のカップル。
ベーシストのフレッドとギタリストのファブリスとともに機材を積み込んだ車で到着すると、一匹の大きな雌犬があられもない格好で走ってきて車の前に腹を見せ尻尾を振って転がる。犬を轢き殺さないように駐車するのがまず至難の技であった。
この犬は今までどうやって生き延びてきたのかと考えながら車から降りると、早速、すごい勢いで犬が飛びかかって、私を全身で歓迎。私の薔薇がもりもりとついたゴスロリ風の黒いコートに前足の足跡をつけ、よだれを飛ばす。しかし、それを脱いだら、その下は、ゴスロリ風黒いレースのワンピースなので、破られてしまう。日本の田舎のショッピングセンターで3900円だったけどこっちでは貴重なんだから、破られるわけにはいかない。
新しい車が来たので、犬はまたそっちに走っていくが、「どうか轢かれますように」という私の祈りも天に通じなかった模様で、すぐ踵をかえして、私にほうに再度猛突進。犬の歓喜に満ちたタックルであやうく転倒しそうになった私をギタリストが腕を掴んでささえる。
その時、家の主人が出てきて、「どうしました?」。ギタリスト「この人、弱っちいんです」。そのときミストラル(この荒れ果てた地特有の突風)に、コンタクトレンズの中に砂埃をたたき込まれ、「あっ」と情けない声を出して目を押さえるはめに。家の主人がまた「どうしたの?」と驚く。ギタリスト「こいつは何にでもアレルギーで」。
かよわい人キャラを付与されてほのかな満足感を覚える私。
ご主人は看護師さんだったというが、(失礼な言い方だけど)それにしては、豪邸とまではいかないまでも、夜間もライトアップされるプールや30人は余裕で入れる客間のあるお宅である。 こうした謎家庭はこっちには多い。
トイレも一階だけで二つあり、日本人の低容量膀胱をしている私にはありがたいことである。
セッティングの途中、その二つのトイレのうちの一つに行くと、なぜか、立派な背広を着たご主人とシラク元大統領が一緒に並んでとっている写真が水タンクの上に飾ってある。棚にはCHIRACと大きく大書された本、別の部屋の隅にはCHIRACと書いてあるメダル。ご主人は看護師だったというが、一体シラクとどういう関係なんだろう? そんなことを思っているうちに、ドラマーのマルタンがドラムを積み込んだ車で到着。
ドラマーは薬剤師、ギタリストは医師であるので、座骨神経痛と手の腱鞘炎で苦しむ私のために、処方箋と薬をもってきてくれて、薬剤師が「これが薬荒れから胃を守る薬、こっちが腱鞘炎、こっちが座骨神経痛」といいながら手早く箱に飲む量を書いてくれる。しかしその量の多いこと多いこと。フランス(間違えたここはアフリカだった)ではいつも出される薬は多いのだけどそれにしても。

6錠の薬を飲むために、台所で、水をもらおうとすると、そこにはものすごいごちそうがスタンバイしている。
ご主人はこのパーティーのために、私たちバンドだけでなく、二人のアンティーユ料理の料理人も雇っていたのであった。
楽しみに横目で見ながら、薬を飲む。
ところが、数分後。
なんだかくらくらする。
ライブ前のセッティングでみんないそがしいからと思ってしばらく我慢していたが、立ち上がろうとするだけでそのまま倒れそうになるので、ライブ中に倒れたらまずいと思い、一応、ドラマーとギタリストに言ってみる。
マルタン「まさかいっぺんに全部飲んだの?」
私「うん」
ファブリス「おいおい」
薬剤師は、とりあえずライブ前は「腱鞘炎の薬セットだけ全部」飲め、というつもりだったらしい。
私がめまいと思ったものは、強烈な眠気(座骨神経痛の薬の副作用)だったようである。
それに加えて大きな蕁麻疹まで出てきた。
私、このままアナフィラキシーショック起こして死ぬの?
ほっぺの蕁麻疹をバリバリ掻きながらも、既に眠くて大仏状の半眼になりかけている私に、「掻くな」「寝るな」とバンドのみんなが交互にビンタをしながら、コーヒーを飲ませる。
後から到着したヴォーカルの豪快な豪州人パトリシアたんも心配げに私に話しかける。
パト「大丈夫っ? しっかりしてっ。髪の毛後ろで縛ったげる! 私が指つっこんであげるからさあ一緒にトイレへ!」
私「????」
パト「吐くのよ! 薬吐くのよ!」
人前で吐くのだってアレなのに、なんで喉に指まで入れてもらわなければならないんだ。いやだよそんなの(笑)。
パトリシアたん、必死なわりには、私の頬にみるみる膨らむ蕁麻疹に感心して、「動かないで」などといってマクロモードで蕁麻疹の写真を撮っている。世の中には蕁麻疹なんて見たこともない人がいるらしい。
家の主人も看護師なだけあって10分おきに「大丈夫?」と様子見に来る。
普段は捨て猫のように顧みられない生活をしている私、みんなに取り囲まれて心配されてちょっと幸せだったけど、でもみんなも準備しなければならないし、なによりもパトリシアたんにトイレに強制連行されて、喉に指を突っ込まれたらたまらない、と思ったので、「寝ないから大丈夫。安心しろ」とみんなに雄々しく言い放って、ドラムスティックを一本借り、歩き回りながら自分のほっぺたをドラムスティックで叩き続ける。
とりあえずライブは無事終了。
今回ノリノリで踊ってくれる中高年ばかりだったので、随分盛り上がったし、おいしいアンティーユ料理がいろいろ食べられて楽しかった。
ご主人に「おまいさんは結婚しているのか?」ときかれてうっかり「はい」と反射的に答えてしまったことだけが残念である。
もしかしたら、かよわくて一人で生きていけない(という設定を希望している)私に一生守ってくれる白馬の王子様を紹介してくれるつもりだったかもしれないのに。
これからは気を付けなくては。
40歳のいたいけな日本人の少女が、ひょんなことからここの地元のロックバンドでキーボードを演奏することになってはや1年。
昨夜もライブであった。今回は個人宅のパーティーでの雇われバンド。
ご主人はアンティーユの黒人、奥さんはコルシカ人のカップル。
ベーシストのフレッドとギタリストのファブリスとともに機材を積み込んだ車で到着すると、一匹の大きな雌犬があられもない格好で走ってきて車の前に腹を見せ尻尾を振って転がる。犬を轢き殺さないように駐車するのがまず至難の技であった。
この犬は今までどうやって生き延びてきたのかと考えながら車から降りると、早速、すごい勢いで犬が飛びかかって、私を全身で歓迎。私の薔薇がもりもりとついたゴスロリ風の黒いコートに前足の足跡をつけ、よだれを飛ばす。しかし、それを脱いだら、その下は、ゴスロリ風黒いレースのワンピースなので、破られてしまう。日本の田舎のショッピングセンターで3900円だったけどこっちでは貴重なんだから、破られるわけにはいかない。
新しい車が来たので、犬はまたそっちに走っていくが、「どうか轢かれますように」という私の祈りも天に通じなかった模様で、すぐ踵をかえして、私にほうに再度猛突進。犬の歓喜に満ちたタックルであやうく転倒しそうになった私をギタリストが腕を掴んでささえる。
その時、家の主人が出てきて、「どうしました?」。ギタリスト「この人、弱っちいんです」。そのときミストラル(この荒れ果てた地特有の突風)に、コンタクトレンズの中に砂埃をたたき込まれ、「あっ」と情けない声を出して目を押さえるはめに。家の主人がまた「どうしたの?」と驚く。ギタリスト「こいつは何にでもアレルギーで」。
かよわい人キャラを付与されてほのかな満足感を覚える私。
ご主人は看護師さんだったというが、(失礼な言い方だけど)それにしては、豪邸とまではいかないまでも、夜間もライトアップされるプールや30人は余裕で入れる客間のあるお宅である。 こうした謎家庭はこっちには多い。
トイレも一階だけで二つあり、日本人の低容量膀胱をしている私にはありがたいことである。
セッティングの途中、その二つのトイレのうちの一つに行くと、なぜか、立派な背広を着たご主人とシラク元大統領が一緒に並んでとっている写真が水タンクの上に飾ってある。棚にはCHIRACと大きく大書された本、別の部屋の隅にはCHIRACと書いてあるメダル。ご主人は看護師だったというが、一体シラクとどういう関係なんだろう? そんなことを思っているうちに、ドラマーのマルタンがドラムを積み込んだ車で到着。
ドラマーは薬剤師、ギタリストは医師であるので、座骨神経痛と手の腱鞘炎で苦しむ私のために、処方箋と薬をもってきてくれて、薬剤師が「これが薬荒れから胃を守る薬、こっちが腱鞘炎、こっちが座骨神経痛」といいながら手早く箱に飲む量を書いてくれる。しかしその量の多いこと多いこと。

6錠の薬を飲むために、台所で、水をもらおうとすると、そこにはものすごいごちそうがスタンバイしている。
ご主人はこのパーティーのために、私たちバンドだけでなく、二人のアンティーユ料理の料理人も雇っていたのであった。
楽しみに横目で見ながら、薬を飲む。
ところが、数分後。
なんだかくらくらする。
ライブ前のセッティングでみんないそがしいからと思ってしばらく我慢していたが、立ち上がろうとするだけでそのまま倒れそうになるので、ライブ中に倒れたらまずいと思い、一応、ドラマーとギタリストに言ってみる。
マルタン「まさかいっぺんに全部飲んだの?」
私「うん」
ファブリス「おいおい」
薬剤師は、とりあえずライブ前は「腱鞘炎の薬セットだけ全部」飲め、というつもりだったらしい。
私がめまいと思ったものは、強烈な眠気(座骨神経痛の薬の副作用)だったようである。
それに加えて大きな蕁麻疹まで出てきた。
私、このままアナフィラキシーショック起こして死ぬの?
ほっぺの蕁麻疹をバリバリ掻きながらも、既に眠くて大仏状の半眼になりかけている私に、「掻くな」「寝るな」とバンドのみんなが交互にビンタをしながら、コーヒーを飲ませる。
後から到着したヴォーカルの豪快な豪州人パトリシアたんも心配げに私に話しかける。
パト「大丈夫っ? しっかりしてっ。髪の毛後ろで縛ったげる! 私が指つっこんであげるからさあ一緒にトイレへ!」
私「????」
パト「吐くのよ! 薬吐くのよ!」
人前で吐くのだってアレなのに、なんで喉に指まで入れてもらわなければならないんだ。いやだよそんなの(笑)。
パトリシアたん、必死なわりには、私の頬にみるみる膨らむ蕁麻疹に感心して、「動かないで」などといってマクロモードで蕁麻疹の写真を撮っている。世の中には蕁麻疹なんて見たこともない人がいるらしい。
家の主人も看護師なだけあって10分おきに「大丈夫?」と様子見に来る。
普段は捨て猫のように顧みられない生活をしている私、みんなに取り囲まれて心配されてちょっと幸せだったけど、でもみんなも準備しなければならないし、なによりもパトリシアたんにトイレに強制連行されて、喉に指を突っ込まれたらたまらない、と思ったので、「寝ないから大丈夫。安心しろ」とみんなに雄々しく言い放って、ドラムスティックを一本借り、歩き回りながら自分のほっぺたをドラムスティックで叩き続ける。
とりあえずライブは無事終了。
今回ノリノリで踊ってくれる中高年ばかりだったので、随分盛り上がったし、おいしいアンティーユ料理がいろいろ食べられて楽しかった。
ご主人に「おまいさんは結婚しているのか?」ときかれてうっかり「はい」と反射的に答えてしまったことだけが残念である。
もしかしたら、かよわくて一人で生きていけない(という設定を希望している)私に一生守ってくれる白馬の王子様を紹介してくれるつもりだったかもしれないのに。
これからは気を付けなくては。
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